原田りょう

政策理念

全ては未来のために。

私は政治家を志したのは中学生のときでした。昔から正義感が強く、幼稚園のときの将来の夢は『正義のヒーロー』でした。ずっと正義のヒーローに憧れていましたが、「正義のヒーローという仕事はない」と大人になるにつれて薄々気づいて、中学生になったときに「世の中を良くする」政治家という仕事にその姿を見出したのが始まりです。そこから、大学で政治を専攻する中で、衆議院議員のもとで働きはじめ、政治家というビジョンが明確になりました。

そして、政治家として成すべきことを見出したのは、東日本大震災が起きた時でした。発災してから居ても立ってもいられずに、1か月後に現地に入りました。がれき撤去や泥かき、被災された方々の慰問など様々な活動を行いました。

しかし、被害の大きさや範囲の広さから、個人の活動に限界を感じ、関西に戻って被災地支援団体ACTIONを立ち上げました。翌月に阪大生100人を支援が全然来ていなかった気仙沼市大島というところに派遣するなど、現在までに500人以上の大学生を現地に派遣しました。その代表として、現地へ次に派遣した際にどういった活動が要望されているか、被災された方々へ聞き取りを頻繁に行っていました。その中で、ある方に頼まれた、私の胸に刻まれた言葉があります。

「私たちはいいんです。まずは子どもたちを笑顔にする取り組みをしてください。子どもは希望がなくなった。その結果、子どもに笑顔がなくなり、大人に元気がなくなり、社会が暗くなった。あなたは、まずは子どもたちを笑顔にする活動を行って欲しい。」

自分は何を成すべきかモヤモヤしていましたが、これが天命であると、自らの政治生命において成すべきことが定まりました。自らではなく、まずは子どもというその姿にも感銘を受けましたが、その方が言われた言葉は日本全国がそうではないかとハッと気付かされました。

現在、我々若い世代や子どもたちは、将来に対してただただ不安を抱えています。右肩下がりの時代が続く中、今日より明日がよくなるという時代ではなくなりました。

また、世界最速で進む少子高齢化により維持できなくなっている社会保障制度、不安定な雇用体系、増え続ける国と地方の借金などの中で、将来結婚して家庭を持てるのか、働き続けることができるのか、年金はもらえるのかなど、不安は尽きず、将来に夢や希望を見いだせていません。

実際に、厚生労働省の調査によると、半数近くの若者が日本の将来に不安を抱えています。また、そういった状況があり、大変由々しき事態ですが、15歳~39歳の若者が死ぬ死因の一位が、他の先進国は事故なのですが、日本においてはなんと死因の一位は自殺なのです。少子高齢化し、希少価値が高まっているにも関わらず、死因の一位が自殺という状況なのです。私はこうした将来に夢や希望が抱けない社会を、子どもたちに残したくありませんし、子どもたちが少しでも生きやすい社会を残すこと、それが今を生きる者の責任だと思います。

しかし、今まで、そういった状況は改善されて来ませんでした。例えば、抜本的な社会保障制度改革はなされず、負担を強いる改革は先送り、少子高齢化が進んでいるにも関わらず、拡充されていきました。

また、少子高齢化だって、1990年に合計特殊出生率が1.57となり、少子化が認識された1.57ショック以来、エンゼルプランをはじめ様々な対策が打ち出されましたが、全く解決していません。こうした、今さえ良ければそれで良いといった、ツケを子どもたちに先送りする政治は終わりにしなくてはいけません。

しかし、中々できない。やらなくてはいけない、少子高齢化が進み、経済は低成長の右肩下がりの時代に対応する制度改革、意識改革がなされていません。その原因には、若い世代が声をあげてこなかったところに原因があると思っています。そういった状況を打開しなくてはいけない。その思いで、私は立ち上がりました。

全ては子どもたちの笑顔のため、このまちの未来のために。

箕面市議会議員として

さて、そんなとき、ここ箕面においては、就任当時全国最年少34歳の若い倉田市長が誕生し、子育てしやすさ日本一を掲げ、子どもたちのために様々な改革に取り組まれていました。そんな若い倉田市長のいる箕面市であれば、私の天命である子どもたちのために夢と希望あふれる将来を見越したまちづくりができると思いました。だからこそ、倉田市長を支える議会にも、そういった市長の政策を一層推進させる若い人間が必要であると思い箕面市議会議員となりました。

倉田哲郎市長と若きタッグを組み、文教常任委員会副委員長として、子育て支援の拡充、教育改革など徹底して取り組みました。箕面は、政治と行政が変わることで、住みよさランキングは年々上昇し、若い子育て世代が流入して人口も毎年千人規模で増加しています。

いざ、大阪の改革へ

しかし、箕面において様々な改革を行い、着実にまちが発展していっている一方で、大阪全体では、少子高齢化が進み、今後三大都市圏のなかで最も人口が下落していきます。

特に、豊能町・能勢町は特に少子高齢化が進み、お店や会社、そして若い世代がどんどんまちの外に流出し、衰退の一途をたどっております。増田寛也元総務大臣の出した消滅自治体のうち、消滅可能性都市ランキングワースト50にも指定され、これからのまちの存続が危ぶまれております。大阪府下においては、こうした少子高齢化が進んでおり衰退していっている自治体が多数あります。結果として、大阪の借金は増え続け、次世代に大きな負担を残しています。

また、大阪の教育は、全国学力テストで、常に成績は下位に低迷して大変危機的な状況にも関わらず、教育長のパワハラ問題をきっかけに大阪の教育行政のトップである教育委員長・教育長が相次いで辞職。公募校長の失敗もあったり、今の大阪の教育行政はとても不安定な状況です。

こういった危機的な少子高齢化の状況、教育の状況であるにも関わらず、現在の大阪府政は、府民不在で強引に進められ混迷しています。また、都構想を中心として大阪市など中心市街地の制度ばかりが論じられ「危機的な状況にある大阪をどうしていくのか、箕面市・豊能町・能勢町など衛星都市をどうしていくのか」ということがなおざりにされています。

その現状に憤りを感じ、「このまちのためには、大阪を改革しなくてはいけない。」その想いで、私は箕面市議会議員を辞職し、政治生命を懸けて大阪府政の建て直しに挑む決心を致しました。

まだまだ未熟ではありますが、私はこれからのまちを考えたときに、若い力が絶対に必要であると信じております。箕面でできた子育て支援の拡充と教育改革の徹底、これを大阪府全域でも成し遂げ、大阪に若い世代を呼び込み、増えつつある高齢の方々をしっかりと支えていく。大阪が未来に向けて発展し続けるまちにしてまいります。行動力を活かして、大阪府政の改革を行い、このまちを全力で躍進させて参ります。

政策

長期的に人口を維持していくことがまちの未来には不可欠。(1)徹底した少子高齢化対策
未来を見据え、徹底した子育て支援の拡充・教育改革に取り組む。若い世代を呼び込み、高齢者や地域を支える担い手を増やすことで、負担を先送りせず、長期的に発展し続ける大阪へ!
増えていく高齢者に対するサポートをしっかり行うことが必要。(2)高齢の方々が活躍できるまちづくり
大阪大学と官学連携を行い予防医療によって高齢者の健康寿命を延伸。世代間交流による伝統文化の継承など、高齢の方々が活躍できる場作りを行い、活力を取り入れる!
中小企業、そして個人の家計へと景気回復の実感を届けなくてはならない。(3)景気回復と地域活性化
政権与党自民党のパイプを生かし、国-府-市・町が一体となりアベノミクスなどの政策を進め、地方創生予算を獲得することで地域経済の活性化。自民党の対案「大阪戦略調整会議」設置で二重行政を解消、従来の発想にとらわれない地域活性化!
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